2014年11月15日

夏目漱石『心』 雑司ヶ谷霊園のくだり


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『心』 「先生と私」六

 私は墓地の手前にある苗畠の左側から這入つて、両方に楓を植ゑ付けた広い道を奥の方へ進んで行つた。すると其端に見える茶店の中から先生らしい人がふいと出て来た。私は其人の眼鏡の縁が日に光る迄近く寄つて行つた。さうして出し抜けに「先生」と大きな声を掛けた。先生は突然立ち留まつて私の顔を見た。
「何うして……、何うして……」
 先生は同じ言葉を二遍繰り返した。その言葉は森閑とした昼の中に異様な調子をもつて繰り返された。私は急に何とも応へられなくなつた。
「私の後を跟けて来たのですか。何うして……」
 先生の態度は寧ろ落ち付いてゐた。声は寧ろ沈んでゐた。けれども其表情の中には判然云へないような一種の曇があつた。
 私は私が何して此所へ来たかを先生に話した。
「誰の墓へ参りに行つたか、妻が其人の名を云ひましたか」
「いゝえ、そんな事は何も仰しやいません」
「さうですか。――さう、夫は云ふ筈がありませんね、始めて会つたあなたに。云ふ必要がないんだから」
 先生は漸く得心したらしい様子であつた。しかし私には其の意味がまるで解らなかつた。
 先生と私は通りへ出ようとして墓の間を抜けた。依撒伯拉何々の墓だの、神僕ロギンの墓だのという傍に、一切衆生悉有仏生と書いた塔婆などが建てゝあつた。全権公使何々といふのもあつた。私は安得烈と彫付けた小さい墓の前で、「これは何と読むんでせう」と先生に聞いた。「アンドレとでも読ませる積でせうね」と云つて先生は苦笑した。
 先生はこれらの墓標が現わす人種々の様式に対して、私ほどに滑稽もアイロニーも認めてないらしかつた。私が丸い墓石だの細長い御影の碑だのを指して、しきりに彼是云ひたがるのを、始めのうちは黙つて聞いてゐたが、仕舞に「貴方は死といふ事実をまだ真面目に考へた事がありませんね」といった。私は黙った。先生もそれぎり何とも云はなくなつた。
 墓地の区切り目に、大きな銀杏が一本空を隠すやうに立つてゐた。其下へ来た時、先生は高い梢を見上げて、「もう少しすると、綺麗ですよ。此木がすつかり黄葉して、こゝいらの地面は金色の落葉で埋まるやうになります」と云つた。先生は月に一度づゝは必ず此木の下を通るのであつた。
 向うの方で凸凹でこぼこの地面をならして新墓地を作つてゐる男が、鍬の手を休めて私たちを見てゐた。私たちは其所から左へ切れてすぐ街道へ出た。

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今週末の16日日曜日に行う予定の
第8回「ぞうさんぽ」では、この『心』の雑司ヶ谷霊園の下りを
今の雑司ヶ谷霊園内で実際に検証してみようと思っております。
漱石に、また『心』に
関心とご興味を抱かれる方々の参加をお待ちしております。

◎日時   11月16日(日曜日) 12時集合〜15時頃まで
◎集合場所 副都心線「雑司が谷駅」1番出口前(池袋方面、都電駅方面)
      
◎参加費  500円(資料代込み)
◎募集人数 10人前後
◎申し込み 「ぞうさんぽの会」メールアドレス michikusa.walk@gmail.com 宛に
 必要事項(氏名/参加人数/連絡先電話番号)を記入してお申し込みください。

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posted by 星跡堂 at 00:47| Comment(257) | TrackBack(0) | みちくさあるき | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年10月26日

第8回雑司が谷ぞうさんぽ「『心』から百年目の雑司ヶ谷霊園散策」のお誘い



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漱石が『心』(大正三年、1914年に「東京朝日新聞」連載)を書いてから
ちょうど百年目の秋、
先生や私が実際に歩いた雑司ヶ谷霊園とはどんな風景だったのか。
今の漱石墓所とは別の場所に在った「夏目家墓所」の場所や、
『心』作中に登場し実際に今も霊園に遺っている墓所などを訪ねます。
さらには、
「ぜこう」「きんちゃん」と呼びあった学友中村是公や
「あるほどの菊投げ入れよ棺の中」と、
その逝去に際して追悼句を捧げた大塚楠緒子など、
作家所縁の墓所も訪ねながら、100年の時に思いを巡らせたいと思います。

霊園を散策したあと、希望される方とは、
都電に乗って早稲田に下り、
馬場下横町の漱石生誕の地と、
漱石が晩年住まった早稲田南町(現漱石公園)を、訪ねたいとも思っております。


◎日時   11月16日(日曜日) 12時集合〜15時頃まで
◎集合場所 副都心線「雑司が谷駅」1番出口前(池袋方面、都電駅方面)
      
◎参加費  500円(資料代込み)
◎募集人数 10人前後
◎申し込み 「ぞうさんぽの会」メールアドレス michikusa.walk@gmail.com 宛に
 必要事項(氏名/参加人数/連絡先電話番号)を記入してお申し込みください。



ぞうさんぽ」はこれまで7回開催しております。
「坂道」、「雑司ヶ谷霊園」、「ディープな雑司が谷」、「高田の坂と寺」、
「護国寺 雑司が谷 寺まちあるき」などをテーマにお散歩してきました。
その様子は以下で、どうぞ。

第1回「坂道篇」
http://michikusa-walk.seesaa.net/article/200354663.html


第2回「雑司ヶ谷霊園の江戸期石仏めぐり」
http://michikusa-walk.seesaa.net/article/236529245.html


第3回「ディープな雑司が谷」
その1「やおやのおじいちゃんー弦巻川の流れ」篇
http://michikusa-walk.seesaa.net/article/272447207.html
その2「謎の稲荷と雑司が谷の旧家を訪ねる」篇
http://michikusa-walk.seesaa.net/article/273298406.html
その3「王子電車幻の鬼子母神前車庫」篇
http://michikusa-walk.seesaa.net/article/276220818.html
その4「法明寺と威光稲荷」篇
http://michikusa-walk.seesaa.net/article/276230423.html


第4回「雑司が谷 高田 上ル下ル」
http://michikusa-walk.seesaa.net/article/299219215.html


第5回「護国寺、雑司が谷 寺まちあるき」
http://michikusa-walk.seesaa.net/article/366129125.html


第6回ぞうさんぽ 「雑司ヶ谷霊園石仏めぐり 2」
http://michikusa-walk.seesaa.net/article/382130798.html

第7回ぞうさんぽ 「鎌倉街道から高田富士へ」
http://michikusa-walk.seesaa.net/article/400702874.html

以上です。
































posted by 星跡堂 at 20:00| Comment(273) | TrackBack(0) | みちくさあるき | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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