2012年06月20日

5月20日 第3回「みちくさあるき ぞうさんぽ」                 その3「王子電車幻の鬼子母神前車庫」篇

承前、
さて、一行は霊園から都電沿いの道に出る。


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荒川線唯一のガードだった処で立ち止まる
ここのガードは荒川線の前身王子電車の頃から存在したと思われる。
残念ながら、都道(環状5号線)建設のためにガード下は通行止めになった。
この先の小学校に通う生徒たちや
雑司が谷の人たちの生活道路が一つ消えて、大正時代からの歴史も途絶えた。


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都電沿いを次の目的地、
王子電車「鬼子母神」車庫跡地へ



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現在の荒川線は、王子電車として
明治44(1911)年8月に飛鳥山上〜大塚間で営業を始めた。
王子電車(王電)が鬼子母神前まで開通したのは、大正14(1925)年11月でした。
その時点で、鬼子母神前は電車の終点。
ですから、車両を転回したり、待機させておくために「車庫」があったのです。

しかし、その後、昭和3(1928)年の12月に面影橋まで延伸したので、
この車庫は、わずか3年で役目を終えなくなってしまい、
幻の車庫となったのです。



大正15年住宅地図.jpg

大正15(1926)年の高田町住宅地図には
鬼子母神前駅が終点だった僅かな期間に
この辺りに車庫があったことが記されている。




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みなで岩田智明さんの説明を熱心に聴く


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この草の生えている辺りに車庫があったのかしらん、、、



岩田さんの説明だと、
鬼子母神前駅から千登世橋ガード下へと
線路が蛇行しているのが謎で、
その蛇行は、車庫があったまま
早稲田方面へ線路を引く工事をしたからではないかということだった。

確かになぜこんなに蛇行しているのかはなぞだ。


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千登世橋の上から眺める



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ここからは都電がよく見える





さて、また鬼子母神方面へ戻り
最後の目的地、法明寺と威光稲荷へ Allons-y〜!
つづく




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posted by 星跡堂 at 18:13| Comment(0) | みちくさあるき | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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